2011年9月29日木曜日

末期白血病患者を全快させた、遺伝子操作の新技術

ペンシルバニア大の報告。
患者のT細胞に遺伝子改変を施し、体に戻すという新しい治療法により、末期の慢性リンパ急性白血病が完治したとのこと。

より簡単に言えば、T細胞の遺伝子を改変したら、「手の施しようがない」と診断されるレベルの末期白血病患者2人が完治、1人が寛解した、ということになる。

http://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa1103849
(解説:http://journals.lww.com/oncology-times/blog/onlinefirst/pages/post.aspx?PostID=285


今回開発された治療法は、T細胞の遺伝子に変更を加えることでガン細胞への攻撃能力を高めるものだ。

T細胞というのはご存じのようにリンパ球の一種で、体の中で細胞性免疫を担っている。
血液の流れに乗って全身をパトロールし、おかしなタンパクを作る細胞(こうした細胞はウイルスに冒されていたり、DNAに異常があると考えられる)を見つけてはその細胞を殺して回ったり、起きている変化に応じて免疫系をコントロールするのが彼らの仕事だ。

今回、研究グループはこのT細胞の遺伝子をウイルスを使って改変し、細胞の表面に人工的にデザインされたCAR(Chimeric Anticgen Receptor)という名のレセプター(タンパクなどを認識するスイッチのようなもの)を発現させた。
このレセプターはCD19というタンパクと結合するとともに、CD137というタンパクを作る。
CD19はB細胞(リンパ球の一種:抗体を作る)の成熟やシグナル伝達に関わるとタンパクで、B細胞のほか白血病の細胞もこのCD19を発現している。
一方、CD137は腫瘍壊死因子 (TNF) レセプターとも呼ばれ、TNFという物質を受けてT細胞を活性化するとともに、T細胞の増殖を促すサイトカインを分泌する。
つまり、CARを発現するT細胞は、白血病細胞が持つCD19を見つけると、CD137の作用により活性化し、白血病細胞を破壊するとともに、白血病細胞を殺す仲間を増殖する能力を持ち合わせるのである。

いままでも、ガンの患者から白血球を取り出し、体外で培養・増殖させてから戻してガンを攻撃させる「養子療法」は存在していたが、今回はそこからさらに一歩踏み込んで、取り出した白血球を対ガン用にチューンナップして戻したというわけだ。

その効果は劇的だった。
64才の白血病患者は、体に骨髄と血液合わせて3kg以上のガン細胞を抱えていた。
かれは遺伝子改変されたT細胞を体に戻して14日目に微熱や倦怠感が現れはじめ、その後吐き気、悪寒、高熱を訴えるようになった。検査の結果、これらはガン細胞が死滅するときに現れるグレード3の「腫瘍崩壊症候群」であることがわかり、28日目にはその症状も治まった。
そこで検査をしてみたところ、彼の体からは白血病細胞がすべて消え去っていた。
6ヶ月後に再検査してみたところ、遺伝子改変したT細胞はしっかり生き残っており、1年後の検査でもガン細胞は見つからなかった。

あらゆる治療が効かなかった末期の白血病が完治していたのだ!

そして、2人目の65歳男性患者でも同様の結果が、また3人目の77歳男性ではわずかなガンの再発が認められたものの、細胞の量は治療前をはるかに下回っていた。

この結果を受け、チームでは今後非ホジキンリンパ腫、急性リンパ性白血病など、CD19を発現することがわかっているガン患者への臨床試験が計画している。

「我々の想像以上の結果だった。遺伝子改変したT細胞は体内で1000倍以上に増殖し、3kgものガン細胞を殺し尽くしたのだ」と研究チームのカール・ジューンは述べた。
ただし、この研究の筆頭報告者であるデヴィット・L・ポーターは「この研究は非常にチャレンジングなものだ」と警告している。「この治療法は非常に、非常にリスクが高い。他に治療の方法がないような患者にのみ、この治療法は使われるべきだ」

実際、遺伝子改変したT細胞を体に戻すのは危険だと考える研究者は少なくない。
昔、同じように遺伝子改変した細胞がガン化して「狙った病気は治ったがガンになった」という例もある。特に、CARはT細胞の増殖を強化するCD137をいっしょに導入していることから、何かのきっかけで増殖が止まらなくなる可能性だってある。こうした増殖の暴走はガン性の増殖と何ら変わるところがない。
また、そもそも攻撃の目標となるCD19は正常なB細胞が発現しているタンパクで、体のどこにどんな影響が出るかもわからない。
さらに、今回の例のように3kgもの細胞が体内で死ぬと、腫瘍崩壊症候群などの副作用が強烈に現れる。今回の患者では発熱や吐き気などで済んでいるが、場合によってはこれによる熱で衰弱したり、死に至る場合だってある。体力のなくなっている老人や合併症を患っている患者には、この治療法は耐えられないだろう。
これらのことから、ポーターは「他に手段がないときだけ使うべき」と述べているのだろう。

しかし、あらゆる治療法が奏功しなかった患者にとって、この治療法は大いなる福音となるはずだ。
ぶっちゃけた話、「死ぬ可能性がある」「副作用が大きい」とは言っても、末期癌をほっといたらどうせ死ぬのだ。
特にすい臓ガンや肺ガンのような死亡率の高いガンを患う患者には「副作用があってもいいから今すぐ使いたい」という人も少なくないはずだ。
#もっとも、今回のT細胞は「CD19を発現する細胞」のみを攻撃するので、これらのガンには効果はないのだが。

また、遺伝子改変で細胞の性質を変える際に、「ある種の化学薬品によるシグナルで細胞が自殺する」よう仕込んでおくことも可能なので、リスクを低く抑えることは可能なハズである。


現在、CARがメソセリンというタンパクに反応するタイプの改変T細胞による臨床試験も計画されている。
メソセリンは中皮腫、卵巣ガン、すい臓ガン、非小細胞肺ガン細胞の表面に分泌されるタンパクであり、すでにこの分子を標的とした抗がん剤などの開発が行われているタンパクだ。

メソセリンでの臨床試験がうまくいけば、これまでほとんど打つ手のなかったガンが、わずか1~2ヶ月で直る時代が来るのかも知れない。

外科療法、化学療法、放射線療法、分子標的療法と進歩を続けてきたガンの治療に、新たな一手が加わる日が来たのだろうか。

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